福原寛ブログ 笛に想う

福原流笛方 福原寛のブログです。 どうぞよろしくお願いします。

2012年12月

京都滞在中、昼間に時間ができそうなので神社仏閣にと思ってましたが、なかなか時間をうまく作れず千穐楽を迎えようとしていました。
しかしご縁というのは突然やって来るもので、京都も終盤にきて比叡山へ伺えることになったのです!

京都在住の茶道の大きな先生で昔からお世話になっている千葉宗立先生の奥様と娘さん方(なんと四姉妹!)それに長女さんのお嬢ちゃん、そして奥様の弟さんの皆さんと夕食をご一緒したのですが、24日の昼間に叡南にある律院の阿闍梨様に会いに行くと聞き、思い立って同行させていただくことに強引にしてしまいました。

律院の阿闍梨様は毎日護摩焚きをなさっており、何時でも分け隔て無く門戸を開いておられます。
私は護摩焚きを見るのも初めてで、なにも分かりませんでしたが千葉さんと祇園井筒屋の女将さんにいろいろ教えて戴きながら~。
不動明王の真言を見様見真似で唱えながら見る護摩焚きの炎は凄かったですね!
高い天井に届くほどの炎はまさに大日大聖不動明王の邪気を祓う力強さが感じられました。

これは阿闍梨様から頂戴した数珠!
毎日身に付けさせて戴いてます。
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護摩焚きが終わったあと、有り難く精進料理のお昼を頂戴していた折に千葉さんと話をしていて、
「今から御山の無動寺に行きませんか?とても素晴らしい弁財天様がいらっしゃいますよ!」
と言われ、「是非!」
ということになり、そのまま比叡山に。
根本中堂近くの駐車場に車を停めて、無動寺に向かって歩きます。
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京都四条の喧騒から離れ、まるで別世界のように静まりかえった山路。
ピーンと張り詰めた空気の中、無動寺に向かううちに気がつけば雪が…
まるで時間が止まったかのように浮遊する粉雪。
美し過ぎる!
哀しい出来事が多過ぎたこの一年の最後に、こんなに心が静かな一時を戴けるとは!

行者様が千日回峰行を行う中、九日間の断食のお篭りをなさる無動寺にお参りをし、そのまま玉照院に。
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千日回峰行なさっている善住院浩元様にお目にかかり、お話をいただきました。
最後にとても有難い弁財天像を拝顔し、感動のまま南座に向かったのでした。

千葉様ご一家の御蔭にてまた大切なご縁を頂戴しました!
有り難うございました。

京都に来て半月以上過ぎたのに、なかなか街を観て歩けない。
夜に船弁慶の演奏があるということが頭の何処かにあるのかも。
公演後に仲間や地元の友人と食事をすることはあるのだけど。

先日たまの昼間出歩きを…
京都という街はやはり不思議な空間。
広い道筋は東西南北に真っ直ぐのびて分かりやすい。
その途中にここは入っていい道なのだろうか? というような細い路地が沢山ある。
そこに入ってみると、なんだか時間が止まってしまう様な感覚に襲われる。
昔、子供の頃田舎のこんな間所で遊んでいた思い出が頭の中に甦って来る。
宮川町のこんな路地を入ると突然中にはお洒落な店が。
それもひっそりと。
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その不思議空間を邪魔しないのに、ふわっと存在感はある。
「裏具」さんというちょっと不思議なデザインの物を扱う店。
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古い物や雰囲気を古臭い物にしない(古典音楽に通ずるものがあるかな!)
こんな感じの京都はずっと大切に残して欲しいと思う。

京都三条の宿泊中のホテルから近くに静かで感じがよく、紅茶やケーキがとても美味しい店を発見。
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「CITRON」
落ち着くので、昼間の空き時間に東京から持って来た宿題を。
囃子の作調や附作りなどなど。
檸檬を使ったケーキがとても美味しいので、紅茶をポットでお願いして…
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24日の夕食、今一緒に南座の船弁慶に出演している望月太三郎さんから、
「東京から家族が来るから一緒にどう?」
と誘いを受けたので、この店の可愛いショートケーキをお嬢ちゃん達へのお土産に!

それは20年程前のこと…
大阪は中座の公演で、演目は天王寺屋の「勧進帳」と中村屋の「大江山酒呑童子」。
勧進帳の冨樫は中村屋が、大江山酒呑童子のらいこう頼光を天王寺屋がとお二人のリサイタルの様な公演。
勧進帳の立鼓は藤舍呂秀先生、大江山酒呑童子の立鼓は田中傳兵衛先生。
小さ目の芝居小屋舞台に弾けるようなキレの良い二人の気迫。
鼓の両先生の大きく包むような芸。
今もはっきり憶えている。

中座が無くなり、傳兵衛先生が亡くなり、呂秀先生が亡くなり、天王寺屋が亡くなり、そして…
歌舞伎の世界になかなか縁が無かった私を田中流家元ご一家と十八代目中村屋が引き寄せてくださり、数々の大舞台の機会を戴いた。
今自分の中に形作られた音楽は様々な演奏機会と、出会ってきた人達によるもの。
その大恩人がまた一人逝ってしまわれた。
十八代目勘三郎さんは炎のような方で眩しい光を放つ恒星だった。
その炎はとどまることを知らないまま周りを照らしながらどんどん大きくなっていった。
自分自身を焼き尽くすほど苛烈な炎だったのか…と。
昨日の口上には「誰からも愛された勘三郎」を感じ幕内、客席皆が涙した。
勘九郎さんも立派で素晴らしい口上だった。
十八代目勘三郎さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

「だらしがないね!」と天から笑われないように、
遺った我々は精一杯生きようとあらためて決意させられた。

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