2017年03月13日
あれから六年…
東日本大震災からもう六年となりました。
あのとき私は日本を離れ、ドイツへ公演に出ておりました。
そのため実際の揺れは経験していませんが、あの日のことは忘れられません。
朝目を覚ますとショートメールに家内から「家は大丈夫でしたから」っと一言だけ入っており、その時は何のことか分からず朝食を食べようとビュッフェに行って初めて日本が大変なことになっていると知りました。
急いで部屋に戻りテレビをつけると悲惨な状況が生々しくニュースに放映されており、身体中に電流が流れたような恐怖を感じました。
すぐ自宅や家内の携帯に連絡を入れましたが既に全く繋がらない状態でした。
公演に同行していた仲間も連絡がとれず、不安が膨らむばかりでした。
私はただの一言でしたが家内のとっさの心遣いのお陰でどれほど救われたか分かりません。
私達は遠く離れたところにおり、何もできない無力さに苛まれましたがドイツの方々は本当に親身になって日本と私達の家族のことを心配してくださいました。
また飛ぶか飛ばないか分からないような帰途の空港でも話をした全ての方々から「あなたは日本人ですか?とんでもなく大変なことになってしまいましたね…あなたの家族の無事を祈ります」と。
涙がでました…
未だに復興ならない東北の状況に少しでも力になりたいと今藤長十郎先生が中心となり始めたチャリティー公演。
今年も行います!
私は助六を演奏させて戴きます。
是非よろしくお願い申し上げます。
あのとき私は日本を離れ、ドイツへ公演に出ておりました。
そのため実際の揺れは経験していませんが、あの日のことは忘れられません。
朝目を覚ますとショートメールに家内から「家は大丈夫でしたから」っと一言だけ入っており、その時は何のことか分からず朝食を食べようとビュッフェに行って初めて日本が大変なことになっていると知りました。
急いで部屋に戻りテレビをつけると悲惨な状況が生々しくニュースに放映されており、身体中に電流が流れたような恐怖を感じました。
すぐ自宅や家内の携帯に連絡を入れましたが既に全く繋がらない状態でした。
公演に同行していた仲間も連絡がとれず、不安が膨らむばかりでした。
私はただの一言でしたが家内のとっさの心遣いのお陰でどれほど救われたか分かりません。
私達は遠く離れたところにおり、何もできない無力さに苛まれましたがドイツの方々は本当に親身になって日本と私達の家族のことを心配してくださいました。
また飛ぶか飛ばないか分からないような帰途の空港でも話をした全ての方々から「あなたは日本人ですか?とんでもなく大変なことになってしまいましたね…あなたの家族の無事を祈ります」と。
涙がでました…
未だに復興ならない東北の状況に少しでも力になりたいと今藤長十郎先生が中心となり始めたチャリティー公演。
今年も行います!
私は助六を演奏させて戴きます。
是非よろしくお願い申し上げます。
fuefuki_kan at 19:30│Comments(0)│TrackBack(0)